君は常に最高のものが与えられることを信じられるか

宇太水分神社


「常に最高のものがプレゼントされる」
この言葉はある人からいわれたことのある(と記憶している)言葉です。
随分前に言われた言葉で忘れかけていたのですが、最近、なんとなくこの言葉の意味というか、感覚が分かってきたような気がします。



私が自分の大切な人に何かを与るとき、そのものというのは、自分が知りうる中で最高のものを人に勧めます。
でも逆に人から勧められたものは、まず一度は疑い、また自分の考えとは違ったり、目的と違うことを理由に結構断るこもあります。
そんな時は脳みそをフル稼働させて完璧な理論を作ったり、様々な理由付けをして受け取らないようにするのです(笑)
なぜ受け取らないかというと、それは人によって様々でしょうが、「騙されるかもしれない」と思ったり、そこまで行かなくても「ちょっと信じられない」とか。
でもそこには「怖れ」があります。
理由は様々でもそれを受け取らせないのは「怖れ」です。



でも、自分が大切な人には出来うる限り最高のもの進めるということを考えたら、自分も最高のものを勧められていると考えても良さそうですけどね。
しかしどんなに最高なものでも、目的が違っているんじゃ必要ないですよね。
だって今、特にいらないと思っているんですもんね。
その勧められたものが必要だと思っているものであれば、当然受け取る(受け入れる)のですが、そうでないと(多分お金を理由に)断ります。
でも、ひょっとしたら将来必要だからオファーが来ているのかもしれないのです。



人間は常に自分を自分のコントロール下においていないと不安になります。しかし、実は自分の人生をたかだか数パーセントの顕在意識の中で勝手に「想定」し、物事を判断しているに過ぎません。
そういえば「想定外」という言葉、震災以降良く聞きますよね・・・



最近の僕自身の体験で「ああっ、これを受け取ったことが、こんな時に役立っていた」ということがとても多いことに気がつきました。
つまり、自分の意図したことで無いことなのですが(つまり想定外)、確実にそれがあること、もしくは体験したことで「助かっている」ということです。
つまり目の前にプレゼントされた(タダと言う意味ではないですよ)もの、出来事を受け取り続けることが、意外と人生をより上手くいく方向に導いてくれているような気がしています。
「受け取ること」これはカバラの教えにも通じます。
もちろんそれはエゴの赴くまま何でもかんでも勧められるがままにしなさいといっているのではありません。
それが、その人の「愛」から差し出されたものであれば、受け取ってみる価値はあるかもしれないということです。
つまり、差し出されたものが自分が欲しいと思っているかとか思っていないかではなく、その人の「愛」なのか、それ以外のものなのか、です。
そして、その物やその出来事自体に価値があるわけではなく、そこにある「愛」を受け取ることによって、その愛が価値あるものに変化するのかもしれません。



興味があったら、一度お試しあれ。
信じるか信じないかは、あなた次第です。(どこかで聞いたことのあるセリフですね・・)
さらに、このコラムの題名はガンダムの「君は生き延びることができるか」風に読んでください。(なんとなく・・)



では。